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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)2016号 判決 1971年2月23日

東京都港区新橋四丁目二一番六号

原告

三京化成株式会社

右代表者代表取締役

佐藤幸吉

右訴訟代理人弁護士

岡部勇二

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

小林武治

右指定代理人

山田二郎

鳥居康弘

細金英男

荒木慶幸

右当事者間の昭和四四年(ワ)第二〇一六号不当利得請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

原告は「被告は原告に対し三八八、九〇〇円およびこれに対する昭和四一年一二月二九日以降完済に至るまで曰歩二銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二、原告の主張

(請求の原因)

一、原告は昭和三九年七月三一日芝税務署長に対し原告の昭和三八年六月一日から昭和三九年五月三一日までの事業年度分の法人税につき、所得金額を三六四、四九〇円、法人税額を一〇五、四〇〇円とする確定申告書を提出したところ、芝税務署長は昭和四〇年一二月一五日付をもつて所得金額を一、三七四、四九〇円、法人税額を四三八、七〇〇円とする更正処分および過少申告加算税一六、六四〇円の賦課決定処分をした。

二、そこで、原告は右法人税の申告額と右更正額との差額三三三、三〇〇円にその延滞税三八、九五〇円および右過少申告加算税一六、六四〇円を加算した合計三八八、九〇〇円を遅くとも昭和四一年一二月二八日までに納付した。

三、そして、右更正処分は原告が左表記載の役員に支給した左表記載の金員を役員賞与であるから損金とは認められないとしてその損金算入を否認し、これを益金に計上すべきものとしたことによるものである。

<省略>

四、しかしながら、右更正処分は次の理由から無効であり、したがつてまた右過少申告加算税賦課決定処分も重大且つ明白な瑕疵を帯びて無効である。

(一) 原告が右役員に右金員を役員賞与の名義をもつて臨時に支給したが、実質的には役員報酬の一部を支給したものであるから、これを役員賞与と誤認してなされた右更正処分には重大且つ明白な瑕疵がある。

(二) 仮りに、右金員が実質的に賞与として支給されたとしても、それは使用人賞与としてであつた。すなわち、右役員らは当時前記のような役職にあつたが、他に使用人がいないため、使用人としての地位を兼有し、実際にも使用人と同一の業務に従事していたから、使用人としての職務を有する役員に相当し、原告の支給した右賞与は使用人としての労務の提供に対する反対給付にほかならず、もとよりその金額もこの種の給付として標準以下のものであつた。したがつて、これを役員賞与と誤認してなされた右更正処分には重大旦つ明白な瑕疵がある。

(三) 右処分処分の根拠となつた旧法人税法施行規則(昭和四〇年政令第九七号による改正前のもの。以下、旧規則という。)第一〇条の三第六項、第一〇条の四は法人の支給する役員賞与について二重課税を認めるものであつて、税法における二重課税排除の原則および公平負担の原則に反し、次の理由により憲法第一四条第一項(平等の原則)、同法第二七条第一項(勤労の権利)、同法第三〇条(納税の義務)の各規定に違反するから、法令としての効力を有するものではなく、したがつて右規定に基いてなされた右更正処分は自ら違法であるが、その瑕疵は重大且つ明白である。

1. 法人税法における役員賞与の取扱いには次のような変遷があつた。

当初、会社役員は原則として無報酬であつて、会社に利益が生じてこれを配当するときに限り役員賞与を得る建前であつたので役員賞与は法人の損金とはならないが、その代り、二重課税を避けるため所得税に関しては非課税の扱いを受けていた。ところが後に役員報酬の制度が生れると、税法上も定款または株主総会の決議により額を一定された役員報酬については、これを損金とする建前に変つた。

次いで、戦後、世上において会社役員に対し勤労の対価としての性質を有する役員賞与(以下、賃金賞与という。)が支給されるようになると、税務当局も当時、賃金賞与をすべて損金として認めた。ところが、その後、賃金賞与としては不当に高額な役員賞与が支給されるようになり、これを会社の利益分配としての性質を有する役員賞与(以下、利益賞与という。)として賃金賞与から区別する必要が生じたので、税務当局は個別通達によりかような額の役員賞与をすべて利益賞与として取扱う方針を打ち出した。しかし、これが余りにも社会的、経済的実情からかけはなれていて、納税者の争訟を多発させる因をなしたので、旧規則第一〇条の四本文において役員賞与については賃金賞与たると利益賞与たるとを問わずすべて損金に算入しない旨を規定し、その但書において「使用人兼務役員賞与」という概念を創設するとともに旧規則第一〇条の三第六項において「使用人兼務役員」の範囲を定め、賃金賞与の一部を損と認めることにしたのである。

2. しかし、右各規定は前記のような賃金給与の社会的実態を無視して、社長、理事長等に対して支給される賃金賞与の損金算入を否定し、かような役員を税法上、他より不利益に取扱い、ひいては、その勤労権を侵害するものである。

また、右各規定は同一所得に対し二重課税をし、これにより履行が不可能な納税義務を発生させるものである。すなわち、右規定のように会社の一部役員に対する賞与の損金算入を否認することはその役員賞与について会社に対し法人税を課すると同時に役員に対し所得税を課することになるが、その場合、法律上は法人税として三五パーセント、所得税として七五パーセントの合計一一〇パーセントの課税が可能であり、これに地方税を加えるとその課税率は実に一三四、三パーセントに達し、これを納税することは、とうてい不可能である。

3. なお、会社役員に支給される賞与をすべて利益賞与とする建前を是認するにしても、法人税と所得税とは補完の関係にある以上株主等の出資者が配当所得について配当控除を認められるのと同様に会社役員もその支給を受ける賞与について所得控除を認められるべきところ、税法上これを認めないのは前同様二重課税を認めるものであるとともに会社役員を税法上、株主ら出資者より不利益に取扱うものである。

五、さようなわけで、被告は原告が被告の処分に応じて三八八、九〇〇円を納付したことにより不当に利得し、原告はこれによつて同額の損害を受けた。

よつて、原告は、右不当利得金三八八、九〇〇円およびこれに対する遅くとも右利得発生後たる昭和四一年一二月二九日から完済に至るまで国税通則法第五八条所定の日歩二銭の割合による還付加算金の支払いを求める。

(被告の反論について)

被告主張事実のうち、原告の役員報酬の限度額が被告主張のとおりであること、原告が毎月支給する役員報酬に臨時に支給した前記役員賞与を加算すると右役員報酬限度額を被告主張額だけ超過すること、原告の役員全員が長年の知友であつて、交互に代表取締役に就任していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三、被告の主張

(請求原因に対する答弁)

原告主張の請求原因のうち、一ないし三の事実は認める。同四の(一)の事実は原告主張の金員が役員賞与名義をもつて臨時に支給されたことを認めるほか、すべて否認する。同四の(二)の事実は原告に固有の使用人がいなかつたことを認めるほか、すべて否認する。同四の(三)の点はすべて争う。

(被告の反論)

一、原告昭和三八年七月二九日開催の株主総会で決められた役員報酬の限度額は年間三八〇万円であるが、原告が右決議にしたがつて毎月支給する役員報酬に臨時に支給した前記金員を加算すると、その総額は右限度額を六一五、〇〇〇円超過するのみならず、原告は右臨時支給の賞与も総勘定元帳に計上し且つこれについて源泉所得税を計算して徴収していたから、自ら右支出を利益賞与と認識していたものである。

二、旧規則第一〇条の三第六項が社長、副社長、代表取締役等を使用人の職務を兼有する役員から除外したのはこれらの者が本来企業の経営に専念し、使用人を指揮監督する地位にある以上、その地位が使用人の地位と両立しないからであつて、仮にこれらの者が使用人と同一の業務に従事したとしても、それはむしろその地位固有の業務の執行とみるべく、これによつて、使用人の地位を兼ねたものというのは当らない。また、右規定は監査役も使用人としての職務を兼有する役員から除外したが、それは商法第二七六条の規定により監査役が会社の使用人を兼ねることができないためである。したがつて、原告の役員のうち、代表取締役である佐藤幸吉および竹原和雄ならびに監査役である佐藤忠雄は使用人としての職務を有する役員に相当しない。

また、原告の役員は全員がもともと長年の知友であるため、交互に代表取締役に就任していたばかりか、その権限に属する職務の執行にも事実上他の役員の諒解を要する等会社の業務執行全般に全員平等の立場で参加していたという特殊な関係があつたから、いわゆる平取締役である近藤庫太郎、朝倉襄治および林喜孝も会社の使用人となる余地がなく、仮に使用人と同一の業務に従事していたとしても、その地位固有の業務執行をしていたにすぎないのであつて、使用人としての職務を有する役員に相当するものとはいえない。

三、役員賞与の損金不算入の原則を定めた旧規則第一〇条の四本文の規定は役員賞与が法人の利益の分配であつて、法人利益を稼得するための経費ではないことに立脚して、旧法人税法(昭和四〇年法律第三四号による改正前のもの、以下、旧法人税法という。)第九条第一項にいう損金の内容を確認的に定めたものであるが、そもそも、法人の役員は使用人と異り、会社の機関としてその業務を執行するものであつて、法人との関係を委任に関する規定によつて律せられるとされ(商法第二五四条第三項)、業務執行の対価として報酬を受け、法人に利益がある場合に限り、株主総会の承認のもとにその分配として賞与の支給を受けるのがわが国の企業慣行であるから、役員賞与を法人利益稼得のための必要経費として損金に算入する理由はないのである。

また、役員賞与は右のように法人の利益を分配するものであるからその原資となる法人の利益について法人税が課せられ、他方、役員賞与はその支給を受けた役員個人の所得であるから、その所得について所得税が課せられるのは納税主体および課税物件が異る以上、当然のことであるばかりか、むしろ公平負担の原則上、あるべき姿であつて原告主張のようにこれをもつて二重課税であるとし、また、勤労権を侵害するものであるとする非難は当らない。なお、この場合、右各税種の税率を単純に合計し、それが一〇〇パーセントを超え得ることを理由とする原告主張の非難は全く意味をなさない。

四、次に、法人税と所得税との補完関係は法人利益を稼得した特定の法人に対する法人税とその法人から利益の分配を受ける株主等、出資者に対する所得税との間にだけ認められることであつて、原告主張のように特定法人の役員ではあるが出資者ではない者がその法人から支給を受ける役員賞与に対して課せられる所得税とその法人に対する法人税との間にまで認むべきいわれはない。けだし、役員が支給を受ける賞与は法人利益の窮極的帰属者たるべき株主等出資者に対する利益配当と性質を異にするからである。したがつて、右両者に対する所得税課税の仕方が異るからといつて、原告主張のように法の下の平等に反するという非難は当らない。

第四、証拠関係

原告は甲第一ないし第一〇号証、同第一一号証(写)、同第一二、第一三号証、同第一四号証の一、二、同第一五号証、同第一六、一七号証(写)、同第一八号証を提出し、乙号各証の成立を認めた。

被告は、乙第一ないし第四号証を提出し、甲号各証の成立を認めた。

理由

前掲請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。そこで芝税務署長がした前掲更正処分および過少申告加算税賦課決定処分を原告主張のような理由で無効と解すべきか否かにつき判断する。

行政処分が法に適合してなさるべきことはいうまでもないが、違法な行政処分であれば、いかなる場合にも、法律上当然効力を生じないものではなく、行政処分の法適合性を保障するため行政処分に対する不服申立ての途として争訟手続が設けられている場合には、原則として、その手続によつてのみ行政処分の効力を争うことができるに止まるものというべきである。ただ、争訟手続について一定の考慮に基いて定められた手続的要件を充たさないため、右手続によつては、その行政処分の効力を争いえないものとされる場合でも、その行政処分の違法性が重大であるため著しく不公正な結果を来たし、しかも、その違法性が客観的に明白であつて、何人にも、よういに認識しうるというような特別の事情があるときは、その行政処分の効力はないものとし、格別、争訟手続を経なくてもその無効の主張を許すのが、むしろ行政争訟の制度を設けた趣旨に合致する。

そして、以上のことは勿論、国民の権利義務に直接影響を及ぼすべき課税処分についても妥当するが、その事柄の性質に鑑みると、かような例外の場合に当るとして、訴訟上、行政処分の無効を主張する者はその行政処分の違法性についてそれが前記のような意味で重大且つ明白であることの主張、立証の責任を負うものと解するのが相当である。

ところで、原告は前記更正処分の違法事由として、まず原告がその役員に支給した役員報酬を役員賞与と誤認した点を挙げるが、右金員支給の趣旨が役員報酬であつたことは本件全証拠によつても認めることができないから、原告のこの点の主張は失当である。

また、原告は、右金員支給の趣旨は使用人としての職務を兼有する役員の使用人としての労務の提供に対する使用人賞与であつたと主張し、このことから右更正処分の事実誤認を理由づけようとするが、原告の役員のうち佐藤幸吉および竹原和雄が代表取締役の地位にあり、佐藤忠雄が監査役の地位にあつたことは当事者間に争いがない以上、仮に同人らが使用人としての職務に従事していたとしても、佐藤幸吉および竹原和雄は旧規則第一〇条の三第六項第一号により、佐藤忠雄は同項第三号により、いずれも使用人としての職務を有する役員から除外されるものというべきであり、また、その余の役員である近藤庫太郎、朝倉襄治および林喜孝が使用人としてその職務に従事していたことは本件全証拠によつても認めることができないから、原告のこの点の主張も失当である。

次に、原告は旧規則第一〇条の三第六項および同第一〇条の四の規定が憲法第一四条第一項、同法第二七条第一項、同法第三〇条の各規定に違反し、法令としての効力を有するものではないと主張し、右更正処分が旧規則の右規定に基づくことをその無効事由に掲げる。そして、旧規則第一〇条の三第六項および同第一〇条の四の規定が憲法の右規定に違反するという見解もあり、旧法人税法第九条第八項による委任の範囲をこえる事項を定めた点で違法であるという見解もあるようであるが、かような見解が規定の解釈上、定説もしくは通説をなしているとは考えられず、また、この点に関する原告主張の根拠によつては旧規則の右規定を違憲とするに足りない。したがつて、少くとも、右規定を違憲または違法とする見解から右更正処分を違法であると解するにしても、その違法は、しかく客観的に明白であるとはなし難いから、原告のこの点の主張も結局、失当といわなければならない。

してみると、右更正処分を無効であるとする原告の主張はすべて理由がなく、したがつて、右主張の正当なことを前提とする前記過少申告加算税賦課決定処分に関する原告の主張もまた理由がない。

よつて、右各処分の無効を前提とする原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小木曽競 裁判官 海保寛 裁判長裁判官駒田駿太郎は転任のため署名押印することができない。裁判官 小木曽競)

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